不動産取引の本人確認手続きは、運転免許証の顔写真と来店者を見比べるだけでは完了しません。少なくとも、本人特定事項、取引目的などの確認、代理権・代表権、取引する物件と意思を分け、それぞれの担当者と証拠を決める必要があります。
とくに不動産売買では、宅地建物取引業者が行う犯罪収益移転防止法上の取引時確認と、契約実務や登記で行う本人・権限・意思の確認を混同しないことが大切です。以下、2026年9月16日時点の制度を前提に、必要書類と店頭フローを整理します。
結論:不動産の本人確認は4つに分ける
社内手順を作るときは、「本人確認」という一つのチェック欄にまとめず、次の4層へ分けます。
| 確認するもの | 主な問い | 主な証拠・確認方法 |
|---|---|---|
| 本人性 | 来店者・申込者は誰か | 公的な本人確認書類、原本、顔写真、IC情報など |
| 犯収法上の確認事項 | 誰が、何の目的で取引するか | 本人特定事項、取引目的、職業・事業内容、実質的支配者など |
| 権限 | その人に契約・申請する権限があるか | 委任状、代表権を示す登記事項、社内権限資料、本人への確認など |
| 物件・意思 | 対象物件と処分・取得の意思が一致するか | 登記情報、登記識別情報、契約内容、面談・連絡による意思確認など |
運転免許証から氏名・住所・生年月日を正確に取得できても、代理権や売却意思、所有権、資金の性質まで確認できるわけではありません。どの確認をどの書類で完了させたのかを、項目ごとに残します。
犯罪収益移転防止法の対象になる不動産取引
宅地建物取引業者は、犯罪収益移転防止法上の「特定事業者」です。ただし、宅建業のすべてが同じ範囲で取引時確認の対象になるわけではありません。
国土交通省は、宅地・建物の売買契約の締結、またはその代理・媒介を「特定業務・特定取引」と案内しています。したがって、宅建業者が関与する売買取引では、個人顧客について取引時確認が必要です。(国土交通省「不動産業におけるマネー・ローンダリング対策」)
一方、宅地建物の賃貸や、賃貸の代理・媒介は、この特定業務・特定取引には含まれません。これは「賃貸では本人確認をしなくてよい」という意味ではなく、少なくとも犯収法上の特定取引として売買と同じ義務が自動的にかかるわけではない、という範囲の話です。入居審査、契約、反社会的勢力の確認、保証会社の要件など、別の目的による確認は切り分けます。(不動産流通推進センター「犯罪収益移転防止のためのハンドブック 第5版」)
誰を、いつ確認するのか
宅建業者が売主または買主になる場合は相手方を、代理・媒介として関与する場合は契約当事者である売主・買主を確認します。法人が顧客であれば、法人そのものに加え、実際に取引を担当する自然人の本人確認も必要になります。
取引時確認を行う時期は、原則として売買契約の締結に際してです。代理契約や媒介契約が売買契約より先に締結される場合、その時点で行うこともでき、ハンドブックは本人性と取引権限を早めに確認する実務上の重要性も示しています。(不動産流通推進センター「犯罪収益移転防止のためのハンドブック 第5版」)
金融機関や司法書士がすでに確認していても、宅建業者の確認を自動的に省略できるわけではありません。確認事項や疑わしい取引を判断する立場が異なるため、自社が負う確認を明確にします。
個人顧客で確認する事項
通常の個人顧客では、次の事項を分けて確認します。
- 本人特定事項:氏名、住居、生年月日
- 取引を行う目的
- 職業
本人特定事項は、原則として公的機関が発行した所定の本人確認書類で確認します。取引目的と職業は、顧客からの申告を受ける方法が基本で、口頭、メール、FAX、書面などが認められています。(不動産流通推進センター「犯罪収益移転防止のためのハンドブック 第5版」)
氏名・住所・生年月日の転記欄だけを作り、「本人確認済み」とするのは不十分です。取引目的と職業の聞き取り、確認日、担当者、用いた方法も別項目にします。
顔写真付き書類を店頭で提示してもらう場合
2026年9月16日時点のハンドブックでは、対面取引で利用できる顔写真付き本人確認書類の例として、次の書類が挙げられています。
- 運転免許証
- 2012年4月1日以降に交付された運転経歴証明書
- マイナンバーカード
- 在留カード、特別永住者証明書
- 住所記載がある場合の旅券
- 氏名・住居・生年月日の記載がある、その他の顔写真付き官公庁発行書類
対面で顔写真付き書類の原本を提示してもらう「提示のみ法」では、書類の記載事項と顔写真を確認します。有効期限がある書類は、提示を受ける日に有効であることも必要です。書類名だけでなく、原本、顔写真、期限、現住所を確認する画面にします。(不動産流通推進センター「犯罪収益移転防止のためのハンドブック 第5版」)
顔写真のない書類は同じ扱いにしない
顔写真のない本人確認書類は、原本を1点見ただけで顔写真付き書類と同じ完了にできるとは限りません。別の本人確認書類や補完書類との組み合わせ、取引関係文書の転送不要郵便など、法令で定められた方法を選ぶ必要があります。
住民票の写しや印鑑登録証明書も、どれでも単独提示で完了するわけではありません。書類の区分、作成日、組み合わせ、対面・非対面の違いを、最新版のハンドブックに沿って確認します。
免許証の住所と現住所が異なる場合
本人確認書類に現住所の記載がない、または申告住所と一致しない場合は、差異の理由を記録しただけで完了にしません。現住所が記載された補完書類などを用い、採用した確認方法の要件を満たす必要があります。
ハンドブックは補完書類の例として、税の領収証書・納税証明書、社会保険料の領収証書、電気・ガス・水道・固定電話などの公共料金領収証書を挙げています。ただし、補完書類だけでは本人確認書類にならず、携帯電話料金の領収証書は補完書類として認められないとしています。(不動産流通推進センター「犯罪収益移転防止のためのハンドブック 第5版」)
住所不一致は、単なる入力修正、補完書類の追加、責任者確認、取引停止のどれに当たるかをルール化します。担当者が顧客の説明だけで上書きできる設計は避けます。
法人顧客で追加する確認
法人との取引では、個人の免許証だけを読み取っても法人の確認は終わりません。法人の名称、本店または主たる事務所の所在地、取引目的、事業内容、実質的支配者を確認し、実際の取引担当者の本人特定事項も確認します。
さらに、その担当者に会社を代表して取引する権限があるかを確認します。登記事項証明書、委任状、代表者への連絡など、どの証拠を採用するかを社内規程で定めます。
法人確認の画面では、次を別フィールドにすると監査しやすくなります。
- 顧客法人の情報と、その確認資料
- 実質的支配者と確認方法
- 来店・連絡した担当者の本人情報
- 代表権・代理権の根拠
- 取引目的、事業内容
- 確認日、確認担当者、例外承認者
契約実務では「人・物・意思」を別に確認する
犯収法の取引時確認を終えても、売買契約や登記に必要な確認がすべて終わるわけではありません。
たとえば売主については、次の問いが残ります。
- 人:売主本人か、正当な代理人か
- 物:売却対象の不動産と権利関係は何か
- 意思:本人がその条件で売却し、登記を申請する意思があるか
日本司法書士会連合会も、不動産取引の本人確認を「人・物・意思編」などに分けて案内し、厳格な本人確認への協力を呼びかけています。(日本司法書士会連合会「司法書士による不動産取引に関する本人確認」)
これは、仲介会社の確認を司法書士へ丸投げするという意味でも、仲介会社の確認結果で司法書士の確認を代替できるという意味でもありません。関係者ごとの責任、確認時期、記録を工程表で分けます。
確認タイミングは一度にまとめない
不動産取引は期間が長く、申込みから決済までに事情が変わることがあります。本人確認を契約日の一回だけに詰め込むより、段階ごとに目的を変えます。
問い合わせ・査定時
この段階では、相談対応に必要な情報だけを取得します。法的な取引時確認がまだ必要でない場面で、運転免許証のコピーやマイナンバーカードの画像を一律に集めない設計にします。
一方、売却相談者が登記名義人と違う、連絡先が頻繁に変わる、第三者だけが説明するなどの違和感があれば、後工程へ送る注意情報として残します。ここで契約可否を自動判定するのではなく、本人・権限確認を早めるきっかけにします。
媒介契約・購入申込み時
売主や代理人については、本人性と取引権限を早い段階で確認します。買主側でも、個人・法人の別、取引目的、資金計画、実際の意思決定者を整理します。
確認未了の項目を一覧にし、「書類を受け取った」ことと「確認が完了した」ことを別の状態にします。
売買契約時
犯収法上の取引時確認を所定の方法で完了させ、契約当事者、代理権、対象物件、契約条件、取引意思を照合します。本人確認書類の有効期限や住所が、初回確認後に変わっていないかも見ます。
決済・登記時
司法書士、金融機関、宅建業者が、それぞれの立場で必要な確認を行います。初回確認から期間が空いた場合や、振込先、出席者、代理人、契約条件が変わった場合は、過去の「確認済み」をそのまま使わず再確認します。
店頭本人確認の標準フロー
対面の不動産取引では、次の流れを基本にできます。
取引の種類と、自社が特定事業者として負う確認範囲を特定する
顧客が個人か法人か、本人か代理人かを選ぶ
採用する確認方法に合う本人確認書類の原本を受け取る
氏名、住居、生年月日、有効期限、顔写真を確認する
申告情報、契約書、登記情報との表記差を確認する
取引目的、職業または事業内容、必要に応じて実質的支配者を確認する
代理権・代表権と、対象物件・取引意思を別に確認する
確認方法、書類、日付、担当者、差異、承認結果を記録する
未確認や不一致があれば契約工程を止め、法務・コンプライアンス・司法書士などへ回す
画面上は「本人確認OK」という一つのボタンではなく、本人特定事項、確認方法、権限、意思、例外の状態を分けます。これにより、書類を撮影しただけで完了扱いになる事故を防げます。
例外ケースの扱いを先に決める
書類の期限切れ・破損・記載不鮮明
有効期限がある公的証明書は、提示を受ける日に有効である必要があります。期限切れ、改変・偽造の疑い、顔写真や記載の不鮮明がある場合は、別資料をその場で足して帳尻を合わせるのではなく、採用可能な別の確認方法へ切り替えます。
氏名・住所が申告内容と一致しない
旧姓、転居、外国語表記など、合理的な差異が起こる場面はあります。しかし、理由がありそうだという印象だけで同一人物と判断しません。差異を解消する資料、確認先、承認者を決め、元の入力値と修正履歴も残します。
代理人・法人担当者が来店した
来店者の本人性、顧客本人・法人の確認、代理権・代表権は別々です。来店者の免許証だけで全項目を完了させず、委任関係や法人情報を別の証拠で確認します。
電子契約・非対面で進める
重要事項説明書や売買契約書を電子化できることと、本人確認書類の画像をメールで受け取れば取引時確認が終わることは同義ではありません。非対面取引は、オンライン完結型、ICチップ情報の利用、転送不要郵便を組み合わせる方法など、法令で定められた確認方法から選びます。
利用するサービス名から適法性を推測せず、本人確認方法の要件、取得情報、記録、委託先との責任分担を確認します。
不自然な取引や説明拒否がある
本人確認を拒む、名義と資金提供者の説明が不自然、短期間に条件が大きく変わるなどの場合は、通常の例外承認だけで処理しません。自社のリスク評価書と疑わしい取引のチェックリストに沿って判断します。
国土交通省は、チェックリストに一つでも該当する場合や、該当するか明確でなく判断に迷う場合にも、疑わしい取引の届出を行うよう案内しています。また、届出を行おうとすることや行ったことを顧客などへ漏らす「内報」は禁止されています。(国土交通省「不動産業におけるマネー・ローンダリング対策」)
確認記録と取引記録は7年間保存する
宅建業者が取引時確認を行った場合は確認記録を作成し、特定取引に係る契約が終了した日などから7年間保存します。特定業務に係る取引記録も、取引が行われた日から7年間の保存が必要です。(不動産流通推進センター「犯罪収益移転防止のためのハンドブック 第5版」)
保存要件があるからといって、端末内や共有フォルダへ無制限に画像を残すのではありません。次をデータ項目ごとに決めます。
- 取得目的と法的・業務上の根拠
- 原本確認、IC読み取り、画像受領などの確認方法
- 保存する項目と、保存しない情報
- 保存期間と削除方法
- 閲覧権限、持ち出し制御、操作ログ
- 基幹システムへ連携する項目
- 訂正時に元の記録と履歴を残す方法
本人確認のために見た情報と、確認記録として保存する情報は同じとは限りません。画面に表示できる情報をすべて保存する設計ではなく、記録義務と社内目的に必要な範囲を確定します。
IC読み取りは入力と照合を標準化する手段
運転免許証の目視確認と手入力は、住所の長さ、外字、免許番号、更新後の情報などで転記ミスが起こりやすい工程です。IC読み取りを使う場合も、目的は書類の確認工程とデータ入力を標準化することに置きます。
マイナドライブIDは、stera terminal上でマイナ免許証のIC情報を4桁の暗証番号で読み取り、氏名、住所、生年月日、顔写真、免許番号、有効期限、免許の種類・条件などを画面表示し、必要項目を基幹システムへ連携できます。標準では、暗証番号、マイナンバー、未加工のICデータを業務システムへ連携しません。(製品情報)
ただし、読み取りに成功したことは、取引目的、職業、実質的支配者、代理権、所有権、売却意思、疑わしい取引の判断が完了したことを意味しません。システムでは「本人確認書類から取得した情報」と「スタッフ・専門家が別途確認した情報」を分離します。
導入前には、次の順番で整理します。
取引種別ごとの確認義務と社内確認を一覧化する
読み取りたい項目と、保存・連携しない項目を決める
stera terminalの設置場所、覗き見対策、操作権限を確認する
基幹システムの顧客項目と照合・上書きルールを決める
住所不一致、代理人、法人、読取不能などの例外をテストする
法務・コンプライアンスと司法書士などの専門家に手順を確認してもらう
2027年4月の本人確認方法変更に備える
この記事は2026年9月16日時点の現行制度を前提にしています。国土交通省は、改正された犯罪収益移転防止法施行規則により、2027年4月から本人確認方法の一部が変わると案内しています。(国土交通省「不動産業におけるマネー・ローンダリング対策」)
第5版ハンドブックでは、本人確認書類の画像や写しを主体として利用する一部の方法が廃止される予定であることも示されています。移行対応では、単にマニュアルの日付を変えるのではなく、次を確認します。
- 現在使っている対面・非対面の確認方法のうち、変更対象はどれか
- 委託先サービスが新要件へどう対応するか
- ICチップ情報や電子証明書を扱う場合の端末・システム要件
- 確認記録の様式と保存情報の変更
- 顧客への事前案内と、スタッフ研修の切替日
2027年4月以降に稼働するシステムを今設計する場合は、現行方式だけに合わせて固定せず、警察庁・国土交通省の最新資料を基に再確認できる計画を入れます。
FAQ




